万葉集から写真、、西洋音楽史、、

NHKの「100分で名著」という番組で、古代信仰として言葉にも霊が宿ると考えられ、いいことしか口にしない、、という時代から、歌のプロである宮廷歌人がおおきみ(天皇)を賞賛する時代を経て、個人の内面を表現するように変遷を辿ったと、、ざっとまとめるとこんな内容です。
これを聞いて、伊集院さんの奥方が、それは写真も同じではないかと言われたそうです。
写真が生まれた頃は、霊的なものを感じていたのが、会議に誰が主席していたとか、おおやけな記録的に写真を撮るようになり、それから大衆にも広まって個人的なスナップ写真へと移っていった経過が似ていると 、、
音楽もそう言えるのではないでしょうか?
太古には伝達の手段や巫女の占いなど、部族の行事の1部だったのが、王侯貴族の戴冠式などのセレモニー、舞踏会など、、或は教会のミサなどの為に作られる様になりました。
モーツァルトもそういう職に就こうとリクルートしたものの遂に果たせず、フリー作曲家として貴族たちの喜ぶ曲を作るうち、次第に受け入れられまいが自分の内面性を掘り下げた曲を書くようになりました。
その後の作曲家は、命令や受注で書くのではなく曲想の赴くまま自由に自分の音楽を書くようになったと、習いました。
優等生的に注文通りに作曲したのはパパハイドンまでで、殻を破るような作曲家が後の世に影響を与えて今日に至った、、と。

美術なども、何が目的か謎のナスカの地上絵など民族っぽいものから、王侯貴族の肖像画、宗教画、民衆の日常の1コマを経て ピカソのような説明がなければどっちが上かも判らないものまで、やはり個人的な内なるものの表現に変遷、、同じことが言えそうです。
          
一つの文化が発展していく過程には、洋を問わず法則があるようです。

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