塩野七生女史の著作とオペラ 2

前回書いたようにシモン・ボッカネグラから

先ず「ローマ亡き後の地中海世界」の冒頭に、海賊について日本語訳が1つしか無いが、西洋には、”ピラート”と"コルサロ”という2つの言葉で意味の違いを使い分けていたそうです。

私的な欲から海賊行為をする輩がピラータで、ある国から黙認か公認されていて、その国と敵対している国の船のみを襲うのが"コルサロ"であったということです。

確かにシモン・ボッカネグラのプロローグのパオロの言葉に、「地中海からアフリカの海賊を追い払い、、、」とありますが、これには"pirata"が使われ、このすぐ後にパオロが水平達に票を入れるようシモンの名を口にすると、「あの海賊の?」 [ il Corsar?] と聞き返されます。

まさに塩野氏は「ローマ亡き後の地中海世界」上下2冊に、1000年以上も続いた北アフリカの海賊対策が面々と綴られています。

今まだ下の途中なのですが、海賊もしたたかで長いトンネルが終わりそうで終わらず、少々辟易の感があったのですが、唯世界史やイタリアに行く前に読んだメディチ家やベネチア、ルネッサンス時代の法王、ヴェルディの「ドン・カルロ」のフェリペ2世、カルロス1世、あたりになって、結構興味深く読めるようになってきました。

ジェノバの初代総督だったのですから、もしやシモン・ボッカネグラについてエピソードなどが読めるかと期待していたのですが、そういう記述はありませんでした。

シモンの時代からは200年以上も後の”フィエスキの乱”には記述がありました。

ベルディの"イル・コルサーロ”とベッリーニの"イル・ピラータ”
あまり上演も録音もされないオペラですが、聞いてみたくなりました。

シモンについてはこのくらいですが、ベルディの"シチリア島の夕べの祈り”の武力衝突の原因について1行ほど言及されていました。

また「ローマ人の物語」のキリスト教の歴史の中で、聖アンブロジウスがミラノの守護聖人とされ、何故ミラノスカラ座が12月7日に始まるかが書かれています。

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