小澤征爾とドナルド・キーンの対話を聞いて

先日このお二人の話を聞く番組があり、途中からしか見られなかったのですが、結構面白かったです。
キーンさんが日本文学に精通していらっしゃるのは有名ですが、いい時代のオペラをたっぷり聴いていらっしゃるのが羨ましかった事、そして日付までしっかり記憶していらっしゃるのには驚きました。
「フィデリオ」の 恐怖が支配していたということとナチズムと重ねて聴衆が泣いたという話は 圧力に耐えている人達の切実な涙だったのだと思います。丁度その頃憲法改正法案が成立したばかりで、サジェスチョン的に感じました。
何の番組だったか?ある作家が人類の歴史は平和と戦争の繰り返しで、平和の期間と云うのは戦争の悲惨さを忘れる時間なのだと仰っていました。
70年も平和が続くと、戦争の悲しさを語れる人も少なくなり、その実話に我々は傾聴しなければと思います。

キーン氏が日本の古典文学教育が 文法に偏り、せっかくの美しい文に子供たちが魅力を感じる前に 尻込みしてしまう結果を招いていると、示唆していました。
全く同感です。私は万葉集をちょっとかじっただけなので偉そうなことを言うつもりはありませんが、こんなにロマンティックで 温かい心に溢れた歌を堪能する前に、私たち高校生は ら行4段活用とか、ややこしい、後からでも十分な事を先にやらされ、試験され、うんざりさせられた記憶しか残っていません。
文学の美しさに触れ、楽しむことが、りんごの実の部分なら、リンゴの皮や芯ばかり食べさせられた様に思います。
大変悔しいです。
リンゴがどんなに美味しいかを知らないでこの年になってしまった、、と。

同じことが音楽教育にも言えると思います。
「クラシック」と聞くと引いてしまう方がまだまだ多いです。
日本の音楽教育がどこか西洋音楽を小難しい 敷居の高い物にしてしまったのでは、、?
「音楽」と書くのであって「音学」ではないのに、試験で楽典などで苦しめるのです。
音楽の能力は正確な音程、リズムで歌えるか、楽器で正確に演奏できるかが大事なのでは?
うちの子が中学の音楽の試験問題を見たら、ベルディは何曲のオペラを作曲したか(26,27,28)のうちから選ぶという問題でした。
オペキチを自称する人ならば答えられるのでしょうが、それを知っていたからって何でしょう?
中学生が知っておくべきことでしょうか?
それよりヴェルディはオペラをたくさん作ったという事が大事で、ピアノ曲を作曲したショパンやリストとは違う事、、モーツァルトの様に交響曲から宗教曲、室内楽、歌曲までオールマイティだった作曲家もいる事、中学生ならそのくらいで十分だと思います。
学校の音楽の試験でうんざりして、クラシックが嫌いになっていくように思います。

合唱の友達も肩身の狭い思いをしていると言います。
こんなにきれいな音や声を聴いてみたらいいのに、、と私たちは思うのです、、、。
それこそリンゴを召し上がれ!皮や芯ではなく一番デリシャスなところをどうぞ!
決して期待を裏切らないと断言できます。

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