嵐が丘

ずっと避けてきた「嵐が丘」を読みました。
「ジェーン・エア」は子供の頃と大人になってからと読みましたが、「嵐が丘」は何か理解できない激しさを感じて先延ばししていたのだと思います。
キャサリン・アーンショウは忘れ形見キャサリン・リントンを遺して死んでゆく。 策を弄して幼い彼女を自分の子に嫁がせ、リントン家の財産をも取り上げ、すべての人を苦しめ 一見復讐を果たした様に見えるが、彼の死後1年も待たず、アーンショウ家の平和の兆しが見え始め、キャサリンの名もアーンショウに戻りつつある。 何か暗示的に感じました。輪廻というか、、。
所詮人間の憎悪などは続いて数十年、憎み合う様に仕掛けても、空しいだけ。
ヒースクリフの数十年の復讐も無駄に帰し、人間はやはり愛とか思い遣る気持ちが自然と起りどんな力も止められない。
冬を人為的に続けさせようとしても、春は必ず来てしまう。
自然に逆らっても人生を無駄にするだけ。
ヒースクリフは最期は望みが叶ったわけで、悲劇ではあるもののまあこれが1番と云う結末。
行ったことはないですが、荒野という環境って人の心を閉鎖的にするのかもしれませんね。
ちょうど読み終わった頃「お坊さんスペシャル」??の番組で憎しみは人の心を蝕み、人生を錆びさせてしまう、、と言っていたのが 心に染み込みました。

私が小学校の頃、姉が映画を観てパンフレットを見せてくれました。
ローレンス ・オリビエ、マール・オベロン、レオ・G・キャロル、、1939年制作のモノクロ映画を観たいと随分憧れて來ました。
読んでる最中も幽霊を呼ぶ時のヒースクリフの顔が、と言うかオリビエの顔が浮かんで来たり、リントン家の子供たちが、どっちが先に犬を抱くかで言い争っている場面を窓越しに除く場面もああ、きっとあの写真の場面だとか、、映画にはその場面がなくとも、脳裏で勝手にかの俳優たちの映像が動くのです。
余談ですが高校の頃「風と共に去りぬ」を読んだ時、スカーレットが自分のきれいな足を当時の長いスカートで見せられないのが残念だと思った、、、と云うくだりも、ヴィヴァン・リーがスカートを持ち上げて自分の足を眺め、残念がる姿を思い浮かべたものです。
あの時も、まだ映画は見られませんでした。小学生だった頃からの憧れの映画でした。
そういうわけで読み終わったら見たくてたまりません。
パソコンとかツタヤで探してもなく、ダメ元でブックオフに行ったらあったんです。
小躍りしました。
早速50年も憧れてきた映画を観て感激でした。

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